「されど塩」が生まれるまで1

『されど塩』誕生の背景と経緯

「伯方の塩」のお手本であった「 流下式枝条架併用塩田 ( りゅうかしきしじょうかへいようえんでん ) 」。

1953(昭和28)年~ 1972(昭和47)年まで、瀬戸内海沿岸の「流下式枝条架併用塩田」でつくられていた塩は、製塩史上で食用に優れていた塩と云われていました。1972(昭和47)年、「塩業近代化臨時措置法」により全ての塩田が完全に廃止され、世界で初めてとなる「イオン交換膜製法」の塩に専売法で画一化されました。
詳細は「伯方の塩」の誕生をご覧ください。

時は流れ、1997(平成9)年に専売法が廃止され、「イオン交換膜製法」以外でも、日本の海水から直接塩をつくることが認められました。
この頃から国内で流通する塩の種類は徐々に増え始め、日本の海水を原料にしたことを謳い文句にした塩が出回りました。しかし、価格が非常に高い塩や品質にバラツキがあり、疑問を持たずにはいられない塩を見受けることもありました。
当社では、長年の想いであった「塩田」での塩つくりが法的に可能になったことを喜んで、塩田製塩の技術継承のためにも「流下式枝条架併用塩田」の再現を決意したのです。

設計図作成からスタート

まず、設計図が存在しなかったため、専売公社当時の塩田に関する文献を基に、昔の塩田を知る技術者(経験者)に協力を求め、彼らの話を元に当社従業員たちが図面を作成しました。
次に材料の調達。材木の選定や、使用する竹の調達も簡単ではありませんでした。試行錯誤を繰り返し、2010(平成22)年10月、当社大三島工場の敷地内に「流下式枝条架併用塩田」を再現したのです。それは、「自然塩存続運動」から約40年後のことでした。

「されど塩」が生まれるまで2

『されど塩』の製法

流下式枝条架併用塩田 ( りゅうかしきしじょうかへいようえんでん ) のしくみ

大三島塩田の詳細
敷地面積 約2,000m2(約600坪)
枝条架 高さ5.5m 幅8m、長さ35m(15列)
流下盤 幅10m、長さ20m×4面

されど塩『されど塩』は、愛媛県大三島沖合の海水を取水し、流下式枝条架併用塩田で太陽の熱と自然の風を利用してつくったかん水(濃い塩水)を釡で煮詰めて製造します。広い敷地を必要とする「流下式枝条架併用塩田」。そのため、生産する量は限られており、2014年発売当初は限定販売となっております。
塩は単なる調味料ではなく、人間にとって日光・空気・水などと共に生命活動に不可欠な基本食料。「されど塩」は、「たかが塩 されど塩」でもあるというところから名前を付けたのです。
塩田塩を復活させた今、さらに「食用最適塩とは何か」を追い求め続けてまいります。

『されど塩』はネットショップからご購入いただけます。



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