登録商標のデザインについて

「伯方の塩」の登録商標とデザインの由来

「伯方の塩」という赤い文字が太陽を、水紋の青は波を表し、赤は太陽が映ったイメージです。また、別の意味では血潮をイメージし青は静脈、赤は動脈も意味しています。この商標である「伯方の塩」は「ハ・カ・タ・ノシオ」のCMソングとともに会社名である「伯方塩業」よりも皆様によく知られているようです。しかし、デザインの発案者は故・渡辺正範氏であることは分かっていましたが、制作者は明らかではありませんでした。

商標である「伯方の塩」を制作したデザイナーは?

商品名である「伯方の塩」という名前は、「伯方島の塩田を復活させたい」という思いからついたものです。
伯方塩業創業は1973年(昭和48年)ですが、その半年後、当時「健康の友社」経営の渡辺正範氏が当社の招きに応じて愛媛・伯方島を訪れた時のことでした。当社伯方工場隣の丘の上におまつりした塩の神様「塩竈(しおがま)神社」に参拝し、境内から海と陸を展望した時に感動された風景が登録商標・デザインのヒントになったそうです。その時の雲ひとつなく晴れ渡った海面上を海鳥が飛び交う様をデザインされたものといいます。

渡辺氏は知り合いのグラフィックデザイナーのもとを訪れ、書とデザインの仕上げを依頼した、というお話までは伺っていました。私たちは、国の手によって塩田製法塩を残して欲しいという運動をしていましたが、自分たちの手で塩をつくらなければならなくなり、伯方塩業を設立。ボランティアで運動をしていた私たちには、デザインにお金をかける余裕はありませんでした。そういった事情をご存知の渡辺氏から書とデザインを提供していただき、それ以来30有余年、ずっと「伯方の塩」のシンボルとしてきたのですが、実際の制作者は霧の中のまま・・・。
そのような歴史を持つ有難い登録商標・デザインなのです。

一通の手紙から

先日、会社に一通の手紙と一冊のポートフォリオが届けられました。グラフィックデザイナーの天野幾雄(いくお)氏からでした。天野氏は、東京芸術大学を卒業後、株式会社資生堂の宣伝部に入社。以降、2004年の資生堂卒業までのポートフォリオをまとめられました。その中に商標である「伯方の塩」も入っていたのです!それは、「伯方の塩」最初の製品パッケージのデザインとぴったり一致したのでした。30年余り「書き人知らず」になっていた商標である「伯方の塩」の書き人を指し示していたのです。

こうして「伯方の塩」登録商標・デザインの謎が解き明かされたのでした。

天野氏は現在も幅広くデザイン活動をされていて、2004年から2011年3月まで東京芸術大学美術学部デザイン科(大学院)でアートディレクション論の教鞭も執っていらっしゃいました。今後、ますますのご活躍をお祈りいたします。


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